68.めざせ ゼッコウ20周年

 学生の頃からの知り合いの話。


気が合わなくて自然に疎遠になって音信不通になる人もいる。

でもなぜか、タイミングが合わないというか、もういいやーって思っててもまだ付き合いが続く人もいる。



自分の最終学歴は地方の専門学校卒。

一浪したけども希望の大学に入れなくて専門学校に行くことした。

専門学校で同じ専攻の人たちとうまくやれなかった…のは自分の責任によるところが大きいのだろうが、

まったく勉強する気のない人が多くて引いた。というか(わかんないのかな)って呆れた。

…美術系だから実技時間中は講師不在。その間デッサンの道具振り回して追いかけっこしてはしゃぐのが8割。

それで学校の備品壊して泣かれても…無視し続けるしか私にはできんかった。

卒業したあとまで連絡を取りたくはないと思った。



残りの2割の中に、学校の先生がたから指名され卒業式の答辞を読んだ人がいた。

仮にAさんとする。

そのころは仲良くしてもらってた。

…けど、卒業したあとはAさんとも連絡をするつもりはなかった。


Aさん。

あれもできる、これもできる…と自分でも言うし、

明るくて前向きで誰とでも仲良く…とも自分で言うし、

自分が正しい、と言う人だった。

しっかりしている、一人で何でもできる。

そして「私は人気があるからみんながちやほやする」…という自覚があったようだ。



私からみたAさんは、忘れ物大王。

忘れ物の忘れ方がひどい、それに対するフォローアップはそれでいいのか?

いや、しっかりしてるっていうけどそこは…

とほとほと困らされる部分があったのだけど、

それには気が付いてないらしい。

Aさん「私も東京に行くことが絶対あるから、あなたの転居先の住所と電話番号を…」

と、当然のようにメモ帳をもって寄ってきたけれど、

私「ごめん、まだNTTの都合で電話番号がわかんないからまた後日」

と言って断った。




学校の機材を借りるときは学生課に生徒手帳を預けたうえで借りることになっていた。

ある日私自身で機材を借りたのだけど、

その日に上京して就職先に顔を出す必要があったので、

機材の返却と生徒手帳の受け取りをBさんに託した…

はずなのに、

なぜか私の生徒手帳はAさんの手に渡っていた。



私はそのまま就職先にとどまり続けて、

アルバイト扱いで働いていた。

そんな中、母親から電話があった。

「Aさんて子が『生徒手帳を返したい』とか連絡がきて…でもアンタの電話番号教える前に電話切れちゃったの」



自分が就職した90年代初めっていうのはもう、黒電話ではない。

キチンと『保留』機能がついた白い固定電話機を使っていた…

にもかかわらず、うちの母親、受話器を手で抑えただけで、

電話中に父親と会話したらしい。

父親の方が「誰かわからんやつに勝手に電話番号を教えるな!」

と怒鳴ったらしい。

そりゃぁAさんに聞こえるわ。



電話番号を教えるか教えないかはちゃんと考えなきゃいけないだろうが、

いくらなんでも、預かり物の返却のために連絡してきた人に、

そんなやりとりを聞かせたのは失礼だ。

慌ててAさんちの固定電話へ折り返したものの、

Aさん「卒業式で返せるからその時でいいよね」

だけ言って、ガチャンと切られてしまった。



卒業式当日。

卒業証書は生徒手帳と交換のうえ交付されるものだった。

ところが、忘れ物大王のAさんは私の生徒手帳を持ってきていなかった。

学生課によると500円支払えば交付しますとのことだったので支払った。

Aさん「私が忘れたんだから私が払う!」と食い下がったけれど、

卒業後にAさんと関わりたくないから借りをつくりたくなかった。

私「生徒手帳はもう不要だから捨てておいて!」

Aさん「でも私が忘れたから払うから!手帳返すから!」

Aさんが食い下がるのを断るのに必死で、

あの時の、両親の失礼を謝ることを失念した。


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社会人になってほんの数年。

ある日の朝、ニュースを見て驚いた。

ウチの実家は奈良なので、5ぐらいだったらしいが、細かいものは倒れたそうだ。

Aさんのお家は兵庫にあった。

場所的にちょっと…倒壊はないにせよ、まったくの無傷とはいかないだろう。



しばらくは…数年は、怖いという気持ちだけがまさっていた。

時間がたつにつれ、

Aさんに、あの時の両親の非礼を謝罪しないままであることが気になってしかたなかった。


学生時代の連絡帳がまだ残っていた。

Aさんの家に電話したら無事通じた。

Aさんは地元の会社を退職し、今は東京に出てきていると知った。

しかも同じ町内に住んでいるとわかった。

待ち合わせして謝罪した。


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AさんはやっぱりAさんだった。

忘れ物大王で、

自分はみんなからチヤホヤされている…と思っているままで。

Aさん「私、どこへ行ってもすぐに友達ができる。何にも困らない」

「お金なくてもみんなが助けてくれる。」

…私としては、収入の低い御職業に就かれたと聞いて、心配で自宅に呼んでごちそうしようとしていたのだが、

Aさん「えーっそんな包丁の使い方するのはじめてみたー」

「私はお鍋でご飯炊けるよ。お鍋からケーキも焼けるよ。ミートソースとかレトルトに頼らないよ」

と、すごいだろう!自慢がはじまった。

さらに別の日には

Aさん「お母さんがサイズの合わない下着送ってきてさー」と始まりつつ、

私よりずっとスタイルが良い自慢を始めてきた。



Aさんの職業は出来高制で、1枚あたりいくら…の稼ぎかただった。

そう簡単に稼げる仕事ではないからみんな心配していたと思うが

Aさんにかかれば「みんなが私のことをチヤホヤ」だった。



「毎月弟に借りているんだ。今月もまた借りないといけない」

Aさんから聞かされた。

そのくらい儲からない職業であることは、私も承知していた。

しかし、

Aさん「弟もこっちこないかなー。一緒に住めば家賃楽じゃん?」

私「一人暮らしじゃなくてもいいんだ。同居は気をつかわない?」

Aさん「ナイナイ!だって、弟なんてペットだもん!」

と嬉しそうに言った。


ペットに金借りて暮らしてるのかよ…


そこからだんだん疎遠になって、今とあってはAさんがどうしているかわからない。



学校卒業するときにもう、連絡しないと決めた相手だったのに、

災害にビビッて連絡しちゃったけど…結局疎遠になって…

なんだかなぁ


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小学校から高校までずっと同じ学校だった、E子さん。


どうしてE子さんが同じ高校に通ったのかよくわからなかった。

私は美術系を専攻出来るのを理由に1時間半通学でも志望した。E子さんは普通科文系なので、他にももっと学校を選びようがあった


高校卒業後も同じ専門学校に行こうよと誘われたけど、

受験ストレスでそんなことを言い出しただけだろうと流した。


E子さんは語学系専門学校に通い、留学した。

いったんは帰国するものの、再び自腹で留学し2度目の大学~バイト生活で海外で暮らした。


E子さんからはほとんど連絡が来なかった。

そのくせ、電話連絡を好んだ。

メールではなく、電話。

帰国している最中だと、実家の固定電話から連絡が来た。

実家のある関西から東京まで遊びに来るというが、携帯電話を所持してくれない。

E子さん「東京駅のなんとか広場…って言われてもわかんないし、新宿駅の東口って言われてもわかんない」

でも、携帯電話を持たない。

新宿駅構内を走って、E子さんを探せ!ゲームを私一人で行った。



E子さん「〇〇って旅館を予約した。雑誌で見かけて良さそうだったから」

私「あ、そう。先にチェックインして荷物置きに行こうか」

E子さん「ええ!そんなの後でいい。遊んでから。コインロッカーに預けて遊んで、夕方遅くなったら旅館にチェックインしに行くから」


夕方遅くなってから…

E子さん「旅館がどこにあるかわからない」

私「は!?最寄り駅は!?」

E子さん「わかんない」

私「え、それでどうしてその旅館泊まろうと思ったのよ。…電話番号は?」

E子さん「ある。けど携帯電話持ってないしー。私が東京の道案内聞いてもわかんないからあなたが電話して」



…この出来事、まだまだ続きあるけど省略しようかな。



こういうね、

ほとほと困るなあ、という出来事があったから、疎遠になったのとはちょっと違くて。



なにせ、

彼女は電話を好むけど、電話をかけてはこない。

それは国際電話が高いからだと思っていた。

実家の固定電話だとかけてくる。…それは自腹ではないからとある日気が付いた。



私がE子さんはもういいや…と思ったのは

E子さんは私に対し、

「アンタにはこっちから電話架けなくてもいいや、放っておいたらそっちからいつもかかってくるしw。アンタからかかってきたら(こっちは)タダや!」

と、嬉し恥ずかしといった顔で横を向いてウフウフ笑っていた。



私「私は結婚しているから家事があるし、遅くまで遊び歩くのは無理。これからはアナタが東京に遊びにこようが16時には失礼するから」

そういうと、

E子さん「…私は病気だから!許して!」

私「はあ?」



病気だから許せ? え? つきそいがいるってこと??

E子さんは先天性でどこか具合の良くない箇所があって、学生時代は体育はずっと見学してた人だ。

…だからって、もう、一人で留学とかしているのに。高校だって1時間半かかるのに皆勤賞だったよねえ。



私は電話をしなくなった⇒向こうからかかってくるようになったけど出なかった。⇒メールも無視した⇒ ビザ切れにより帰国したと手紙が来た。手紙には「何があったの、悩みがあったら聞くよ」「自宅まで行く」と書いていた⇒私はメールして「何を勘違いしてるんですか」と返した。

それで向こうからも連絡がこなくなった。


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なんかいっぱい書いちゃった。


こんなひどい人達だったから私の気持ちをわかって、というのともちょっと違いまして。


E子さんは疎遠になってから、かれこれ19年。大きな事故があった年なので、ニュースで「あれから〇年」と報道されるので、疎遠になって何年かわかる。



専門学校時代のAさんは疎遠になったはずが数年で自分から連絡してしまったが、

それは大きな災害が彼女を襲ったからで。


行方知らずになったわけでもない、SNSアカウントもある、連絡しようと思えば出来る。

そんなE子さんと19年も音信不通でいられるのは、

彼女の身には社会的な、大きな災いが降りかかっていないから、とも言える。


だからめざせ! 絶交20年!!

20年どころか30年でも40年でも、絶交していられますように!