39.自らいなくなった人。会ったことはないけど。

 #社会人


エアブラシ…というと、美術系を学んだ方なら「ああ、あれね」と言われると思います。

業界によっては「特殊効果」「特効」と呼んでいます。


アニメーション制作(ガンダ〇とかド〇えもんとかテレビ放送用のやつ)では、

セル画の色塗り担当さんとは別に、特効を専門にお仕事する人がいました。もはや職人のレベルです。

慣れてない人が片手間でエアブラシ吹いたって、美しいものは出来ないのです。


※セル画…ももはや知らない人多そうですね。長くなるから説明しませんけど。


----------------------------


地元の商店街のおじさんと話をしていた時。

話の流れから、自分の前職がアニメーション制作であったことを話しました。

商店街のおじさん「…君もアニメーション制作やっていたことあるの?」

私「ハイ、…カメラマンでした」

商店街のおじさん「へー。カメラとかあるんだー 絵を描くだけじゃないんだね」

私「そうですね。…テレビ放送で紙芝居してますか? ちゃんとフィルムに起こさないと放送出来ないでしょ」

商店街のおじさん「そりゃそうだな」

私「とはいえ、…今はもうデジタルに移行したので、フィルムはやってないんですけどね。すべてデータ納品です」



商店街のおじさん「…デジタル?」

私「最初のステップではまだ紙に線で絵をかきますが、その次の色塗りからはパソコンになりましたね。」

商店街のおじさん「…それ、何か良くなったの?」

私「…画質や品質はまだ疑問…

ですが、生産性はあがっています。例えば、絵の具で色塗ったら「乾かす時間」が必要だったけど、パソコンなら乾かす時間ないじゃないですか。

色塗りは作業スピードが格段に上がりました。絵の具と違って間違えてもやり直しが簡単ですし」




商店街のおじさん「あの…エアブラシ。」

私「ああ、それもパソコン上でやってますよ。ペンタブレットとPhotoshopがほとんどです」

商店街のおじさん「…そうか。手書きしなくなったんだね」

私「…ま、ツールが変わっただけで、ペンタブレットで手作業しているのはかわらないですけどね」

商店街のおじさん「…。」

私「…?」



商店街のおじさん「…ウチのお客さんにさ。『アニメの特効やっています、もうベテランです』ていう初老の男性がいたんだよ。…でも『デジタル化で無職になった』って言ってたよ。

仕事なくなっちゃたんだって。

紙の上に特効吹くことがなくなったから職人であるその人のとこに仕事がまわってこなくなって。『今、特効は制作会社の中のパソコン出来る誰かがやっている』って。」



私(…たしかにそうなった。MACやAdobeなどの黒船が敵に見える話です)



商店街のおじさん「『これからはデジタルの時代だから自分も勉強してる』って言ってたよ。

常連客だったんだけどさ。ほら、俺は一眼レフ好きじゃない(←カメラが趣味の人)。その特効やってますってお客さんが俺に『ご興味ありますか』ってカメラの仕組みが書いてある本をくれたんだ。」



そう言って、商店街のおじさんが、特効さんがくれたという本を見せてくれました

…見事な、一眼レフの仕組みが書いてある専門書で。デジタルカメラの仕組みにも触れていました。


商店街のおじさん「…この本もデジタルの勉強のために買って読んでたらしい。」


私「あの…この本はずいぶんとカメラの仕組みに関して詳しい専門書のようですが、…アニメーション制作がデジタルに移行して…頻繁に使用するのは国内開発の専用アプリと、アドビのPhotoshopやAfter Effectなどのアプリケーションでして…」


商店街のおじさん「Photoshopは俺も知ってる。趣味で撮影したやつ自分で加工するのに使ってるもん。

…そうか。カメラの仕組みは別に、勉強しなくても良かったんだねえ」


私「…勉強のために買った本を、おじさんにあげちゃったんですか?…その人今はどうされて…?」


商店街のおじさん「…なくなったんだよ。なくなる2,3日まえから家の中の私物すっごい片付けてたんだって。で、片付けてる最中に俺にこの本持ってきたらしい。

…奥さんいたんだけどさ、ショックで田舎にお戻りになった。」


----------------------------


みなさんは、

「声を上げてくれれば」とか「声をあげてくれないと」って聞いたことありますか。

特効さんは、無職となったことも勉強してることもアウトプットしていたけれど、

誰も解決できぬこととなってしまった。



もし、私がもっと早くから、あの商店街のおじさんの店の常連になっていたら?

そしたら特効さんともはちあわせて、話を聞けたんだろうか?

「勉強すべきはそれじゃないですよ」って言えたんだろうか。




助けられたかもなんてナニコイツ、エラソウ、ウエカラメセンとか言われたりするのは嫌だから現実ではこのこと口にしないけど、

もう少し早く自分がお会いすることがあったなら、とか、

制作会社に直接「パソコン作業を見せてくれ」と言えなかっただろうか、とか、

本人の非でもなく世の中の流れで急に無職になるなんて、他人事に思えなくて喉がつまる。


----------------------------


DX化により、特効はパソコンのできる誰かがついでのようにペンタブレットで作業してた時期がありました。『特効さんはパソコン知らないから』…だったかもしれませんが。

でもね、出来が良くなかったんですよ。

パソコンなんだからPhotoshopのエアブラシを選択すれば誰でもできる…そんなことは全くなくって、

世の中に商品として出せるレベルのエアブラシを吹けるかどうかはまた別なのです。



現在は、

紙の上でエアブラシを吹いていた職人さんに依頼して、

職人さんがPhotoshopを使って、エアブラシを吹いていることが多いです。

パソコンに変わっても、エアブラシには熟練の腕が必要でした。



…自らいなくなった特効さん。何とか生き延びてくれていれば、あなたはもう一度同じ仕事で活躍することが出来ましたよ。